水球の歴史

皆さんは「水球」の

歴史は知っていますか?

 

 

 

 

f:id:keisuke-777-704:20181209013350j:plain

 

 

 

 

19世紀後半にイギリスで考案され、

夏季オリンピックの種目となっています。

 

f:id:keisuke-777-704:20181209013452p:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

過去に

日体大水球部が376連勝

(連勝記録No.1-ギネス登録)

にも記載されている。

 

 

 

 

 

フランスではベルギー国境の街で水球が盛んに行われるようになった。

 

 

 

 

そして

1900年のパリ万国博覧会

の開催に合わせて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2回パリオリンピックが開催され、

球技として水球が初めて採用された。

 

f:id:keisuke-777-704:20181209013511j:plain

 

 

 

 

 

 

 

試合は1900年8月11日~12日まで 

イギリスが7対2でベルギーに勝利し、

 

 

 

 

 

 

初代オリンピックチャンピオンの

栄冠を手に入れた。

 

f:id:keisuke-777-704:20181209013741j:plain

 

 

 

 

 

 

 

記録に残る

日本で最も古い水球の試合

 

 

 

 

 

 

 

 

1907年8月5日に

第二回関東連合游泳大会において

 

 

東京高等師範学校(現・筑波大学)と

f:id:keisuke-777-704:20181209014108j:plain

第一高等学校(現・東京大学)が

f:id:keisuke-777-704:20181209014158j:plain

館山で行ったものとされる

 

 

 

 

 

 

 

1915(大正4)年には慶應義塾水泳部内に

ウォーター・ポロ・チームが結成され、

 

 

 

 

 

同年8月15日には、神奈川県葉山海岸の会場に

特設されたフィールドで

横浜外人クラブと試合を行った。

 

 

 

 

 

 

結果は、9対0の大差で慶應義塾が負けたが、

 

 

 

これが日本国内で記録に残っている

最初の国際試合となった。

 

 

 

 

1925(大正14)年には、

大日本水上競技連盟の主催で

 

 

 

 

10月10~12日の3日間に渡り

 

 

 

 

全日本選手権水上競技会」が開催され

 

 

 

 

 

ウォーター・ポロ競技が

公式競技として初めて実施された。

 

f:id:keisuke-777-704:20181209014321j:plain

 

 

 

本大会には、

 

 

 

慶應義塾(関東代表)、

東京ウォーターポロ倶楽部(東海代表)、

帝国水友会(近畿代表)

 

 

 

 

の3つのチームが出場し、玉川プールで行われた。

 

 

 

 

10月中旬とあって水温が低く

過酷な条件での試合となったが、

 

 

 

 

寒さによく耐えた

東京ウォーターポロ倶楽部が優勝し、

次いで慶應義塾、帝国水友会の順となった。

 

 

 

 

 

1932(昭和7)年6月には

ロサンゼルスオリンピック

 

 

 

 

 

初めて日本がナショナルチームを派遣し、

国際大会デビューを果たした。

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

現実は厳しく、

オリンピック大会では5カ国が出場して

日本は3試合を行った

 

 

 

アメリカ戦(0-10)、

ハンガリー戦(0-18)、

対ドイツ戦(0-10)

 

 

 

 

と惨敗し世界との差を見せ付けられた

 

以上が

プールで行うハンドボールと言われています。

 

 

 

 

体のほとんどが水中にあるために反則は分かりにい。

 

 

さらに、

掴む、蹴るといった行為

が意図的ではなかったとしても

 

 

 

 

 

日常的に発生する事から

水中の格闘技

とも異称される。